2009年07月23日

佐渡ツアー報告(6月29日〜30日)

6月29日(月) (4日目)
 
本来「花の木」は休業日だったんですが美味しい朝食を用意していただきました。
朝食後、HAYATO君と私は自由行動となり、YAMATOさんは自主制作アルバムに向けた仮レコーディングのためピアノの寛子さんと共に音響&パーカッションのKAZUさんのお店「TOM TOM」に向かいました。スタッフの美月さんは1日早く帰路につきました。
「花の木」の女将さんも休業日ということで、ご自宅に戻られました。
 
そんなわけで「花の木」には私とHAYATO君だけが残りました。
 
HAYATO君は作曲に取り掛かり、私は少し休憩してからヒチリコを持って「花の木」の周りを散歩しました。
「花の木」のい裏側を歩いてみると、太い竹、細い竹、節間の短い竹・長い竹など様々の種類の竹が生息している竹薮が続いていました。
裏の方から「花の木」の前の駐車場まで少しヒチリコを吹きながら歩いているうちにお昼が過ぎてしまったので「花の木」に戻り、女将さんが昼食用にと用意しておいてくれたカレーを温めHAYATO君と一緒に食べました。
 
食後、HAYATO君はまた作曲を続け、私はまた休憩してから女将さんに聞いた海岸近くの琴浦洞窟というところを見に行くことにしました。
「花の木」の前の道路を進み、少し広い道路を渡って海岸へ通じる坂道を下っていくと海岸(入り江)の横に洞窟が二つ見えます。
 
  
 
洞窟(真っ直ぐ進むと出口があるのでトンネルと言った方がいいような構造)の入り口付近にはたらい舟が置いてあり、少し先に進むと真ん中あたりが吹き抜けになっていて海が見えた。
洞窟を通り抜けると海側を除いた三方が崖に囲まれた広場に出る。
 
  
 
洞窟の中でヒチリコを吹いたら反響してきっと気持ちいい響きになるんだろうなと思っていたんですが、実際に吹いてみるとどういうわけか全然反響しなかった。完全に生音のままという感じ。
しばらく適当に吹いていたら、3人組の女性が洞窟に入ってきて、広場のほうに抜けていった。
 

私もその後洞窟を抜けて広場に出たが、丁度そのとき出口上の土っぽいところが崩れ落ちてきてびっくりした。

 
広場で先ほど出あった3人の方に「どちらから来られたんですか」と声を掛けてみたところ、地元の方でした。琴浦洞窟は佐渡の方でもあまり知らないところらしく、まだ来たことがない一人の方を連れて来たとのことでした。
ここでYAMATOさんのコンサートで佐渡に来たことやヒチリコのことなどいろいろ話をし、メールアドレスなどをお教えしました。そして帰り際に、洞窟の中で「竹田の子守唄」を吹いて差し上げました。
 
記念撮影として自動シャッターで4人の写真を撮りましたが、後日メールでその写真を送っていただいたので、ウェブアルバムに加えさせていただきました。
 

 
<この写真を送っていただいたときのメール>
======================================
「写真送ります」
 
佐渡でも知らない人の多い琴浦の洞窟で、今までに聞いたことのない不思議な力強い広がりをもった笛(?)の音色が、古代からの海の人たちのたましいを呼び寄せるように私たち三人をヒチリコ:バンブーサックスに引き合わせてくれた気がします。
荒々しい岩肌に囲まれた海辺で聞いた優しい子守唄が心に残っています。また佐渡へ来てくださいね。
メジャーデビュー祈ってます。
 
佐渡のスリーマーメイドより
======================================

 

 

そして、4日前にも次のようなメールをいただきました。
======================================
「写真見ました。演奏聞きました。」
 
佐渡の思い出の一ページに加えてくれて有難うございました。いろんな演奏も聞かせてもらいました。情熱の中に懐かしさを感じました。
でも、あの海辺で聞いたのが一番印象的。なんてったって私たちだけの為の、もったいないような時間でしたから!三人で、「オカリナとは違うし、サックスにしては小さいし、なんだろな。」不思議がっていたのです。佐渡の人もあまり知らない琴浦洞窟は、古代の海人との会話のできる所のようです。
また佐渡へ来て、心にグサッと広がるような音色を聞かせてください。洞窟や、神社での演奏もいいんじゃないかなあ。佐渡の竹を使ってもらえたら光栄です。活躍を祈ってます。
 
スリーマーメイドというより、スリーマーメイドの母達より
======================================

こういう出会いがあり、佐渡のいい思い出になりました。

このあと来た道とは違う道から帰ることにし、適当にぶらぶら「花の木」目指して歩いていました。
若干遠回りになりましたが、途中田んぼなど田舎らしい風景が続き、都会とは違う静かなひと時を過ごすことができました。

  


こうして「花の木」に戻ると、HAYATO君はまだ作曲を続けていました。
「花の木」をイメージして作った曲を含め3曲ほど完成したようです。

  

日が暮れて辺りが暗くなってからYAMATOさんが戻ってきました。寛子さんは友人と一緒に過ごすということで、別行動となったようです。
そして女将さんも戻ってきまして、コーヒーとたこ焼きを用意してくれました。

その夜は遅くまで、男三人と女将さんの4人でYAMATOさんの「涙雨」のアレンジについてやソロモン諸島の慰霊に関連した話や君が代の話など音楽をからめて熱く語り合いました。
女将さんが自宅へ帰られた後も男三人なかなか話が尽きず、戦争の話まで盛り上がりました。


6月30日(最終日)

結局寝たのは明け方4時ごろになってしまい、朝起きると寝不足や話疲れなのか3人とも喉が痛いという状態になっていました。

こうして「花の木」をあとにし、車の中から写真を撮りながら帰路についたのですが、途中寛子さんと落ち合うため「えんや」というシャレたカフェに寄りました。ここではなにも注文しなかったのですが、お店の方のご好意で冷たい麦茶をご馳走になりました。ありがたいですね。

  

「えんや」というお店ではこれまで通じなかった携帯が通じるようになったので、YAMATOさんもHAYATO君もメールチェックに大忙しのようでした。

  

間もなく寛子さんが合流し、両津港に向かいました。
両津港では、大きな能面の塔が立っていて驚きました。

 

フェリーの中でYAMATOさんは寝不足で運転疲れもあるようで、だいたい寝ていましたが、寛子さんとHAYATO君と私の3人はなんだかんだ話をしていたお陰でそんなに時間が経ったような気がしないまま新潟港に到着しました。

そして、関越自動車道で都心に向かったわけですが、途中「越後川口SA」に寄ってトイレ休憩をし、ついでにそのすぐ脇にある展望台から信濃川を眺めました。素晴らしい眺めでした。
また、展望台手前の広場を良く見ると佐渡島の形をした芝生があり、それを寛子さんは携帯カメラで撮ろうと高く手を伸ばしてシャッターを切っていました。まるで宇宙人との交信かと思わせるような格好でした。(笑)

  

あとは一路都心へまっしぐら。
それほど遅くならずに無事自宅に帰り着きました。
その後、3、4日ほど喉が痛かったのですが、大事にならず良かったです。

4日目のYAMATOさんのブログ「佐渡の報告:3」も併せてご覧ください。
またすべての写真はウェブアルバム「佐渡ツアー with YAMATO 2009年6月」をご覧ください。
【旅行の最新記事】
posted by 光平 at 01:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/124064890
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック